振り向けば、嗤うまりか。

進撃に、リヴァイに、短いレイヤー半生を持っていかれました。悔い無き選択だった。原作はさいごまで見届ける覚悟ですが、捏造パロディ色々好きなだけやらかしつつ愛を燃やし尽くしたいと思います。たまに溺愛しているちびエレリ出没。
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進撃に、リヴァイに、短いレイヤー半生を持っていかれました。悔い無き選択だった。原作はさいごまで見届ける覚悟ですが、捏造パロディ色々好きなだけやらかしつつ愛を燃やし尽くしたいと思います。たまに溺愛しているちびエレリ出没。
1週間が

1週間が

経って、ようやく受け入れ…はできないけれども気持ちを整理することはできた。色々な思いの方がいると思う。けれど自分の思いは欠損だけは厭だった。死よりも。彼が思い半ばで戦えなくなる身体にされることが厭だった。それだけだ。

今回切に思ったのは、心の中の闇は恐らくファン同士のなかにあるのではないかということ。二次創作抜きで純粋に原作を楽しむファンの立場になったことがないからわからないが、二次創作や解釈や考察をするファンというのはある意味恐ろしい。作者の意図を勝手に翻訳し、まるで謎解きをするかのように勝手に世界はこうだと導いて見せる。勝手に意味を付与する。勝手に主観混じりの根拠をなすりつける。

現代のように他人の解釈や感想を気にせずにただひとり没頭して作品を楽しめたらどんなにいいかとたまに思う。仲間がいない寂しさはあろう。けれども知り得ないことを知ろうとして、自分ではない誰かの頭が生み出した妄想を答えと据え付けて安心するのはほんとうに楽しいか?

このジャンルはとても好きだ。素晴らしい創作をする方がたくさんおられる。
けれども同時にこういった他人の解釈、感想、或いはその捌け口としての創作を、あたかも自分が感じたもののように信じて納得することは恐ろしい過ちに繋がるかもしれないと、自分は心得ていたい。

作者の定めた物語に対して悲しいと感じたりやり切れない思いを抱いたとしても、それは自由。無理やりに素晴らしい演出だ、面白いストーリーだ、と飲み込む必要も多分ない。他人の考えを知るのは悪いことだとは言わない。けれども他人の言い分を自分の言い分にしないこと。愛し方に多勢は関係ない。正解もない。

…そんなことを思いながら、現実がどこまで残酷であるのか、目をそらさず見届けたいし、彼の言葉を聞きたい。待ちたい。
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